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2020-06

回想、、、そしていま思うこと。(2)

前回記事からのつづきです。

記事を書いているうちにどんどん長くなってしまいすいません


2016年8月1日、再入院。
経口薬である分子標的剤を飲むだけだったのですが、主治医の先生から
どんな副作用が現れるか判らないので、万一急変したときにすぐに対応出来るよう、
最初は入院して様子を見ましょうとのことでの入院となりました。
首の付け根のところに出来ていた腫瘍の放射線治療も始めました。

入院して3、4日目くらいから薬の効果が出始め、みるみるうちにななオカンの顔色が
良くなっていくのが分かりました。
身体の痛みで起き上がるのも歩くのも辛そうにしていたななオカンが、
普通に歩いて病院内をウロウロするようになったのです。
食欲も日に日に増して、元気になっていくのがはっきりと
わかりました。

それ以上に驚いたのが、入院して一週間が過ぎたあたりから、
胸部レントゲンで肺に移っていた癌の影が薄くなっていたり、小さくなっていたり、
肺の中に飛び散っていた小さな影は見えなくなっていたり!
主治医の先生曰く、薬がバッチリ働いていて、懸念していた副作用も出ないということで、
8月12日に退院、あとはこの薬の服用を毎日続け、毎月検査をしていきましょう
ということになりました。
全身の骨にも転移していたため、骨が脆くなっていて骨折しやすいので
カルシウム剤も一緒に服用して、特に歩く時は躓いたりしないように
十分気をつけてくれとのことでした。

分子標的薬の効果は絶大で、その後は、炊事・洗濯といった家事や、
ねねとななの散歩も、病院への通院も一人で行けるようになり、
普通の生活が送れるようになりました。
いろんなところへ出来るだけ一緒に出掛けるようにしました。
近場ですが、泊りの旅行にも行きました。
どこかでななオカンも私も癌が治ったんじゃないかと思ったりもしました。

2_20200308172044419.jpg



しかし、癌という病魔はななオカンの身体の中で静かに生き続けていました。


2018年6月、毎月の通院検査でほとんど写らなくなっていた
魔の影がまた写るようになったのです。
分子標的薬の効果が落ちてきているとの先生の言葉。
いつか薬が効かなくなるとは理解していましたが、
一気に現実に引き戻された気分でした。
ななオカン自身もこの時に自覚症状はほとんどありませんでしたが、
今まだ体力があるうちに抗がん剤治療を始めましょうと主治医の先生から言われ、
7月4日入院することになりました。


抗がん剤投与を受けるにあたり、いろいろな副作用の症状が出ることを
聞かされました。
副作用の症状は毎回同じ症状とは限らず、その時その時で前回とは違う
症状も出るそうです。
極めて稀なケースですが、抗がん剤で容態が急変し命を落とすこともあるとも
言われ、正直とても怖かったです。
ななオカンはもっとそう感じたことでしょう。
また、女性にとっては一番大事な髪の毛が抜けることをななオカンも
気にしていました。
『治ったらまた生えてくるわ!』と気丈に振る舞ってはいましたが。。。


IMG_0812.jpg


そして一回目の抗がん剤治療が始まりました。
心配していた副作用もこの時はちょっとした腹痛くらいで、
大きな副作用の症状は出ませんでした。

副作用が重くなかったということもあり、今後は三週間毎に
通院での抗がん剤投与を受けることになりました。
私もななオカンの抗がん剤投与の日は会社に休みをもらい、
出来る限り一緒に病院に付き添うように努めました。

7月27日、二回目の抗がん剤投与に通院。
翌々日くらいから副作用で吐き気がひどくなり、更に腹痛。
8月1日、激しい腹痛と下痢、吐き気が続くので病院に連絡したところ、
「救急車を呼んですぐに病院へ来てください!」 と言われたと
ななオカンから緊急の電話がありました。
仕事を切り上げて病院へ急行、救急治療室に入ると、お腹をおさえて
ベッドの上で呻いているななオカンがいました。
結局このまま入院することになったのですが、4日に退院することが
できました。

その後も、三週間毎の抗がん剤(3種)治療と、血液検査、CT検査、MRI検査
腫瘍マーカーなどが続きました。
抗がん剤投与後の副作用は、投与した翌々日頃から出始め、三日間くらい
続きます。倦怠感と腹痛がパターンになってきました。
気にしていた脱毛はあまりひどくはありませんでしたが、前頭部のところが
抜けやすくなってきたとななオカンは言ってました。


そんな生活をしながら年末となり、2019年の新しい年を迎えることができました。
二人で初詣に行き、病気平癒の祈祷も受けました。
この頃から、たまに頭が痛いと言うことがありました。


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また次回へ続きとさせて頂きます。



ご訪問ありがとうございました
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● COMMENT ●

お二人とも懸命に頑張りましたね。

ねね親父&ななオカン家と、さくら家とがお会いしたドッグカフェ「シェーン」のママも、約3年半前に癌にかかっていることが分かり、約半年の闘病生活を経てお亡くなりになりました。
シェーンママにしても、私の両親にしても、癌にかかっていることが判明してから亡くなるまでを、間近につぶさに見てきましたので、どうすることもできない切なさに痛み入ります。
シェーンママについては、犬のことを全く知らない私に、犬と暮らすことのイロハを教えてくださった恩人を失い、心にポッカリと穴が開いたような気分が今でも続いています。

しかしさくら家は、これからもさくらとさくらパパと寅次郎と、後で後悔しないように思いっきり楽しんでいきます。
ねね親父さんも、ねねちゃんとななちゃんと、思いっきり楽しんでください。

こんにちは。
ママさんから闘病のことは聞いていましたが
知らなかったこともたくさんありました。
ママさんはきっと想像を絶するような死の恐怖と
闘っていたんですね。

肺腺癌のことを聞いたときに、ネットで病気については色々調べたのですが
それだけで理解しきれるようなものではないので、
無意識に無神経なことを言っていたんだろうなと思います。
当時もママさんの気持ちになんとか寄り添いたいと思っていましたが、
甘かったと反省するばかりです。

さくらパパ さま

こんにちは!
コメントありがとうございます。

私たちが初めてドッグカフェ「シェーン」さんにおじゃましたのは、
まだ九十九里海岸の近くにあるときでした。
明るくて元気で人懐っこいママさんでしたね。
何時間居ても飽きることない会話が続いたことを思い出します。

さくらパパさんの仰る通り、ねねとななと一緒に楽しんで暮らして
いこうと思います。
それがななオカンの供養になるかもしれませんね!

イブマメ麦ロゼロミリゼ母 さま

こんにちは! コメントありがとうございます。

甘かったとか、反省とか言わないでください。
いつも励まして頂いて、寄り添って頂いたことに、本当に感謝しています。

ロゼちゃんが亡くなったことにションボリしていたななオカンが、
初めて入院した2016年8月、退院後にまだちっちゃいロミちゃんが遊びに来てくれて、
とても元気になりました。
そのあとリゼちゃんがFamilyに加わり、いつもイブマメ麦ロミリゼちゃんに
生きる活力をもらってましたよ!

毎回お会いして別れたあとすぐに、
「次はいつごろ会おうか?」
「どこに行こうか?」 って、いつも言ってました。


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プロフィール

ねね親父&ななオカン

Author:ねね親父&ななオカン
『ねねとななの写真館』へようこそ!
ロングコートチワワの“ねね”と“なな”の二ひきのチワワ姉妹のお出かけ日記です。

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