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2020-06

回想、、、そしていま思うこと。(終)

前々回、前回から長い記事になってしまいました。
今回で終わりにしたいと思います。


2019年1月18日、この年最初の抗がん剤投与の日です。
朝から病院に一緒に行こうとしたのですが、ななオカンはひとりで行けるから
大丈夫と言い張るので、私は会社へ行くことに。
とても寒い日でした。
会社に着くとななオカンから、『手袋とマフラーを持って出るのを忘れた。』とのメール。
そして昼頃今度は、『財布を忘れた。』と。
なんかイヤな感じがしました。
抗がん剤の副作用に健忘症が発症することがあると聞かされていたからです。
JRのSuicaに何千円かチャージしてあるので、お昼ご飯は病院内のローソンで
大丈夫、交通費も大丈夫、病院代と薬代はツケでお願いするからと連絡があり、
その日は無事に帰ってきました。

私もその日帰宅してななオカンの顔を見た時に、何故か少しホッとした気持ちに
なったのを憶えています。
ただ、病院で先生からは1月29日に家の近くにある「東京ベイ先端医療幕張クリニック」と
いうところで、脳のMRI検査を受けてきて下さいとの指示があったとのこと。

IMG_8100.jpg



そしてその二日後からいつもの副作用が始まりました。

まさかこの副作用から急激に容態が悪くなっていくとは
思いもしませんでした。

副作用の症状が出始めて三日、四日、五日、、、と経ち、
症状が退くどころか、日に日に悪化していき、起き上がることも
立ち上がることもだんだん少なくなっていきました。
時折、酷い頭痛に見舞われたり、立ち上がっても眩暈でふらつき、
ベッドで横になっている時間が多くなってきました。
夕飯の支度が出来なくて、毎日『ごめんね。』と言われるたびに、
何もしてやれない自分が腹立たしかったです。
この頃から、左耳が聞こえづらいとも言い出しました。

1月29日の検査も、近くだから自分ひとりで行けるから会社に行ってと
言い張って仕方がなかったので私は会社へ行き、ひとりで行ってもらうこと
にしました。
本人からすると、なるだけ私に負担をかけさせないようにと思っていたのでしょう。
帰宅して大丈夫だったか尋ねると、病院まで歩いて行こうとしたらしいのですが、
やはり眩暈がするのでタクシーを呼んだそうです。
ですが、部屋からマンションのエントランスまで行くのに相当時間がかかり、
タクシーをだいぶん待たせてしまったようでした。
帰りも病院でタクシーを呼んでもらい帰ってきたのですが、
マンションのエントランスから部屋までたどり着けず、
通路でうずくまっていたところ、通りがかりの同じマンションのどなたかに
助けて頂いて部屋まで戻ってきたと聞かされました。


1月31日、大学病院から『明日、ご主人と一緒に病院へ来てください。』と、
急な呼び出しの連絡。

2月1日、ななオカンを連れて病院へ。
そこで主治医の先生から告げられた衝撃的な事実でした。

抗がん剤が効いていない。
首から下の身体には薬の効果が見られるが、1月29日の脳のMRI検査で
脳への広がりが急速に進んでおり、脳内に腫瘍が散らばる脳内播種を
起こしているいるとのこと。
頭痛や耳が聞こえなくなっているのも、これが原因であると。
このまま入院してもらい、抗がん剤を強いものにしてすぐに治療に入りたいとの
ことでした。

入院の手続きを終えて、私はななオカンの着替えや準備のために一旦帰宅。
病院から自宅へ戻る間、入院の支度してまた病院へ行く間の記憶がありません。
ただ、、、覚悟をしたのはこのときだったと思います。

私の妹に九州から来てもらい、看護の手伝いをお願いしました。
家のこと、ねねとななのお世話をしながら毎日病院へも行ってくれました。
私も時間が許す限りフレックスや、看護休暇を使い病院へ通いました。

入院してからは、どんどん耳が聞こえなくなり筆談となりました。
左目も焦点が合わなくなりました。
耳が聞こえなくなったことで、話すこともままならなくなりました。
病院も懸命の治療をしてくれたのですが、激しい頭痛がななオカンを襲うことが
多くなり、あまりの痛みにベッドの上で激しく暴れることもありました。
妹はそれを見るのが一番辛いと言ってました。

2月15日、先生がご主人に話があると言われていると妹から連絡を受け病院へ。
先生からの説明は、一番強い抗がん剤を使用しているが、癌の進行を止められません。
脳内播種が広がっています。
これ以上の薬はありません、、、と。
私もしばらく何も答えることが出来きませんでした。
気持ちを落ち着けるのにどれくらい時間を要したかはわかりません。

『苦しまなくていいように、痛みだけはとってあげてください。』
とだけ先生にお願いしました。

その後は鎮痛剤の効果で、頭の激痛も訴えることもなくなったのですが、
日に日に衰弱していっているのは明らかでした。
そして、ななオカンから毎日来るLINEメールも2月18日が最後となりました。
LINEメールの内容はいつも私に対する気遣いと謝罪、ねねとななの様子、
妹への感謝の言葉ばかりでした。

鎮痛剤の副作用で意識も朦朧としているのか、目を開けている時間も日に日に
少なくなっていきましたが、まだ誰がいるのかは分かっているようで、
呼びかけには反応していました。

2月21日、無呼吸になる症状が出始めているとのことで、病院からすぐに来てください
との連絡。
15:30頃病室へ到着し、ななオカンの手を握り呼びかけると、
目を開けてニコッと微笑んで、すぐにまた目を閉じてしまいました。

病院からは、今日からご家族の方に泊まって頂いたほうがいいと言われ、
私が泊まり込むことにしました。

一晩付き添っている間も、時折呼吸をしなくなることがあり、そのたびに
手を握り呼びかけました。
何度か呼びかけるとスースーと呼吸を始めます。

2月22日の朝、看護師さんから今朝方からだいぶん呼吸も安定しているので、
今のうちに朝食を済ませてきてくだいと言われ、朝食を済ませて病室に戻り、
PCを立上げて今日の仕事の連絡などをしている内にまた無呼吸状態がでるように
なりました。
無呼吸状態になって呼びかけて、呼吸を再開するまでにだ徐々に時間がかかるように
なってきました。
呼吸が再開しても、またすぐに無呼吸になる間隔がどんどん縮まって、
呼びかけの反応も弱くなっていきました。
何十回、いや何百回呼びかけたかわかりません。

そして10時12分、ななオカンは静かに息を引き取りました。

享年52歳、短い生涯だったと思います。
2001年9月にななオカンと結婚して約18年、共に生きてきました。
楽しかったこと、辛かったこと、ちょっとしたことでケンカしたこと、
いろんなことがありました。
自分のことよりも、私の体調や健康のことばかりをいつも気にしてくれていました。
家のことはほぼ全部ななオカンに任せっきりでした。
もっと言うことを聞いて安心させればよかった、もっといろいろと
手伝ってあげればよかった、もっと楽させてあげればよかった等々、
悔やむことばかりです。
特に家事のこととなると、ななオカンがいてくれた有難みを今になって
身に沁みて感じています。

2016年2月にななオカンのお母さんが他界、4月に私の母親が他界しました。
その時も悲しかったのですが、この悲しみは母親を亡くした時とは比較に
ならないほど悲しいです。
一周忌を迎え、納骨も済ませ、気持ちの整理をしたつもりですが、
やはり何かにつけてななオカンのことを想い出し、面影を偲ぶ毎日です。

IMG_2143.jpg


ななオカンが旅立ってから、寝室ベッド横のサイドテーブルの引き出しに
一冊のノートが入っていました。
そこには、ねねとななのプロフィール、性格、食事の与え方、散歩の仕方、
一日の行動など詳しく書かれていました。
多分、自分がいなくなったあと、私が出張や帰りが遅いときのことを心配して、
誰かにねねとななの面倒をみてもらわないといけない時のために、
ベッドで少しずつ記していたものだと思います。
ななオカンの携帯のお気に入りには、ペットシッターさんの連絡先も
残されていました。
子供のいない私たちにとっては、ねねとななが子供のようなもので、
私自身、ねねとなながいたからこの一年なんとか頑張れた部分もあります。
正直なところ、ねねとななのお蔭で私も毎日の生活が荒れずに済んでいると
思っています(笑)。
ねねは今年12歳、ななは今年10歳になります。
一般的な犬の寿命から言えば、ねねとななも老犬になっていると思います。
ななオカンの分までねねとななに愛情を注いでいかなくてはならないと思っています。

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最後になりましたが、お世話になった某大学病院のみなさん、
特に看護師のNさんは、ななオカンが初めて入院したときの担当看護師さんで、
入院を繰り返すたびに担当でもないのに空き時間に様子を見にきて頂いたり、
ななオカンの最期も一緒に看取って頂き、一緒に涙を流してくれました。
本当にありがとうございました。
それから、
ななオカンの職場のお友達のみなさん、
ねねとななを通じてお友達になったみなさん、
病院へ自宅へと何度もお見舞いに来て頂き、励まして頂き、
本当にありがとうございました。
ななオカンが旅立ったあとの今も、いつもあたたかいお気遣いを頂き
本当にありがとうございます。
そして、ななオカンの地元大阪のお友達のみなさん、
本当にいつもありがとうございます。
ブログでもたくさんの方にお悔みのお言葉、応援、励ましのコメントを
頂きました。
この場を借りて改めて心よりお礼申し上げます。

思った以上に長い記事になってしまいましたが、
一年が経ち、私自身の区切りとしてこの記事を書くことにしました。
この先も、ななオカンのことを忘れることはないでしょう。
いつも天国から見てくれていると思いますので、
これからも元気で明るく、楽しく、ねねとななと暮らしていきたいと思います。

IMG_2275.jpg


今の時代、二人に一人が癌にかかる時代ですが、
医療は日に日に進歩しています。
発見が早ければ早いほど癌は治ります。
どうか皆さん、日ごろの健康管理には十分ご留意下さい。

今日、3月18日はななオカンの誕生日です。
この日までに書き終えることができてよかったです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
今後ともどうぞ ねねとなな をよろしくお願い致します。



ご訪問ありがとうございました
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こんにちは。
今回も、何回も読ませていただきました。
やっぱりママさんは、一番つらいのに常にパパさんや
ねねちゃん、ななちゃんのことばかりを気にしていたんですね。

私にも、パパさんに会社を休ませてしまって申し訳ない、
働いて薬代くらいは稼がないと!と何回も言っていました。
いつもパパさんの心配ばかりしていました。
(特に健康面で!(笑))

私が会社をさぼってママさんとランチした時、
「エンディングノートを作る」というお話をしていました。
ねねちゃん、ななちゃんのことはもちろんですが、
家のことなどをちゃんと伝えておきたいのに
パパさんに言うと、そんなことは考えたくないと言われてしまうから
エンディングノートとして残すんだと仰っていました。
後のことまでちゃんと考えていらっしゃいました。


パパさんが接待で家を空けることが多い金曜日の夜は
よくLINEでお話しました。
地震があったとか、虫が出た!とか他愛もない話が多かったのですが
その時に、ペットシッターさんのお話をした覚えがあります。

1月初めに新年会をしてから、亡くなるまでの1か月半くらいで
状況が変わっていく様を目の当たりにして、衝撃を受けました。
パパさんや妹さんは、ずっとそばにいて、苦しんでいる姿を見て
本当につらかったと思います。
パパさんもお仕事と看病で当時はとても大変でしたね。

病気が分かる前、病気が分かった後、
些細なLINEのやり取り、一緒にランチをしたこと
お見舞いに行った時に筆談したこと、
持っていった焼き芋をおいしそうに食べてくれたこと
全部が大切な思い出です。
本当にママさんに会えてよかったと思います。


そして、最後までママさんへのお見舞いをさせてくださったこと
本当に感謝しています。
具合が悪くなっていく様子を見せたくないだろうなと思いつつ
パパさんのお言葉に甘えさせていただきました。
でも、最後の最後までお会いできて本当に良かったです。
これも大切な思い出の1つになりました。
ありがとうございました。

そして、今後ともよろしくお願いいたします!

イブマメ麦ロゼロミリゼ母さま

こんにちは!
いつもコメントありがとうございます。

ママさんから初めて聞かされることも多いです。
入院中のLINEのやり取りはいつも、ちゃんとご飯食べたか?とか、
ねねとななは元気か?とか、ななは寂しがっていないか? ばっかりでした。

ななオカンの病気が見つかってからの約二年半のあいだ、
ママさんには本当にななオカンの精神的な支えになって頂いて、
本当に感謝しています。
いろんなお話もさせてもらっただろうし、いろんなところに一緒に遊びに行ってもらったし、
旅行にも一緒に行けたことは、ななオカンも本当に楽しかったと思います。
ブログを見てロゼちゃんに会いたいと言い出したことから始まったこのご縁を
これからも大事にさせて頂きたいと思っています。
私自身、ななオカンがいなくなってからもこうして、パパさん・ママさん・イブマメ麦ロミリゼちゃん・
ココちゃんに励ましてもらっています。
本当にありがとうございます!



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プロフィール

ねね親父&ななオカン

Author:ねね親父&ななオカン
『ねねとななの写真館』へようこそ!
ロングコートチワワの“ねね”と“なな”の二ひきのチワワ姉妹のお出かけ日記です。

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